松田草介
「11月の独裁者」

 11月2日。私は午前10時半に起きた。
 今日は仕事の予定は入ってない。それでも普段の習慣で洗面所で寝癖を直し、ひげを剃り、無駄毛処理をした。
 そういえば今日はウェブテレビジョンで「ジェイスン・タヴァナーショー」を放送する日だった。私はパーソナルコンピュータのある部屋へいき、コンピュータの電源を入れた。
 部屋には祖母がいた。祖母は部屋の中央にある仏壇に向かって電波を放っていた。仏壇と向かい合って、血走った目で仏様の肖像を睨みつけている。両手を広げたり閉じたりしながらときおり「ソイヤソイヤソイヤッサ!」とかけ声をあげた。
 この老女が何を考えているのかわからないが、私がこの人の孫である事実は変わりようがない。私はコンピュータのキーボードを打ちながら、祖母の行動を見守った。
 祖母と仏との戦いはいつ終わるのかと固唾を飲んでみていると、祖母は突然糸を切られた操り人形のようにその場に崩れ落ちていびきをかき始めた。電波を放つのは相当体力がいるのだろう。老女は大きないびきをかいて眠った。
 私がコンピュータのほうへ集中しようとすると、彼女はいきなり寝言をつぶやいた。
「アニキ、なんですぐ死んでしまうん?」
 祖母はきっと亡くなった兄のことを夢見ているのだろう。そうに違いない。
 アニキ、アニキとつぶやくたびに、祖母の表情が般若のようなものに変わっていった。髪の毛が逆立ち、牙が生え、白目をひんむいて祖母は起き上がった。やれやれ。一体どうしたらいいのだろう。私は悩んだ。ホームヘルパーを呼ぶべきか、救急車かパトカーか、あるいは霊媒師か。
 祖母はその異様な風貌の状態で、体操を始めた。サザンの「真夏の果実」を妙にかん高い声で歌いながら。
 そろそろ誰か助けを呼ぶべきだったのかもしれない。しかし、この後どうなるか一人で見ていたいという好奇心にかられて私は動かずにいた。
 「真夏の果実」を歌い終わった祖母は、今度は反復横飛びをしながら「マンピーのGスポット」を歌いだした。サザンを連発でくるとは思わなかった。こんな歌を考えるなんて、桑田圭佑も罪深い男だ。
 2曲目を歌い終えた祖母は、さっきまでの表情とはうってかわって安らかなものになり、満足げに畳の上に横たわった。
 しかし油断はできなかった。次はなにを始めるかまったく想像できない。仏様に祈りを捧げたい気分だ。
 祖母はしわがれた声で、ぼそっとつぶやいた。
「え、私に萌えられても困っちゃうな・・・」
 寝言なのか、意識して口にしたのかはわからない。畳に寝そべって瞳をとじたまま、彼女の独断場は続いた。
「者ども聞け。私は神である。貴様ら人間に怒りの鉄槌をくだすべく、この地に降りてきた」
 貴様ら、といわれても、この部屋には私しかいない。
「私の存在なくして貴様らの存在はない。貴様らは私の呼吸なくして存在できない。しかし貴様らの中に裏切り者がいる。残念ながらすべてを終わらせねばなるまい」
 狐憑き、という言葉がふと脳裏によぎった。
「どいつもこいつもババアババアと罵りやがって。いつか私の真の姿をみたときお前たちは驚愕するだろう。そして本当の恐怖というものを知る」
 すでに私一人恐怖している。
「みかけが年寄りだからといってただの年寄りとこけにするでない、神の存在を忘れた愚者どもめ。こう見えても学生時代はモテモテだったのにさ。マッチョな野郎どもから3年間で100通のラブレターもらったんだもんね」
 なんかもう、どうでもよくなってきた。
「・・・もう、天に帰ろう。そして天界の仲間たちに伝えねばなるまい。もはや私たちの創造した者たちはださくて服のセンスとか悪くてみてらんねぇよつって」

 数日後、しめやかに葬儀がおこなわれた。




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