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「ダンボール」

目を覚ましたとき、私はダンボール箱の中にいた。
恐る恐る首を出すとカーテンの隙間から夕日がさし
白い壁をセピア色に染めていた。

思い起こせば今日は昼間から引越しの準備をしていたのだ。
先月別れたばかりの元彼が手伝いに来てくれた。
「こんな大きなダンボール3つあったってどうしようもないじゃ。
しょーがねーな」
ぶつぶつ言う彼の傍らで私はぼけっと立っていた。
だいいちこの部屋にあるものといったら彼との思い出が染み付いたものばかり。いまだに2つの枕が並んでいるベッド。二人で組み立てたパソコン。お揃いの食器。旅行の写真。全部捨ててしまおうかと思うがなかなか踏ん切りがつかない。
「んじゃ。10数えてみて。な。ホラ。後ろ向いて」
いたずらっ子のような目で私の顔を覗き込む彼。この3つのダンボールのどれかに隠れるから当てろ、と言うのだ。どうしてこいつはいい年こいていつまでも子供なのか。相変わらず仕事もなく毎日ぶらぶらパチンコばかりしてて最低だ。別れて正解だ。私はあんたのお母さんじゃないんだ。
「いーち、にーい、さーん」
数えている私もバカだ。いつもこうしてこいつのペースにはまっていく。
ほんとに引越しできるんだろうか、と思いつつ何回か交代で隠れて遊ぶ。
あいつはすぐに私の隠れている箱を当ててしまう。私ははずれてばかりだ。
「おまーはよー。フフ。鼻息が荒いんだよ。ふはは。だからすーぐ分かるッ」
得意げに言う彼。
そうか。じっと耳をすませて相手の息を聞きとればいいんだ。
「はーち、くーう、じゅっ」
子供のようにわくわくしながら振り返る。私は慎重に音を立てずに箱に近寄り、そっと耳をダンボールにあてる。…だけどコトリともスーッとも音がしない。悔しくなって右の箱からあけてみる。いない。んじゃ左?しかし、そこも空っぽ。んじゃまんなかか。いっそガムテープで塞いでしまおうかと思ったけどかわいそうだからやめた。
「はいはい。またあんたの勝ちよ。ほら、もう出てきて。片付けないと」
とりあえず片っ端らから捨ててしまえと本やら写真やらどんどんダンボールに放り始めた。
彼はなかなか出てこない。こうなったら放置プレーだとほくそえんではみたものの、あれからもう30分は経過している。私は根負けして、真ん中のダンボールをあけてみた。
カラだった。何も入っていない。真っ暗なダンボールの底に吸い込まれるような気がした。急に強烈な孤独感が襲ってきて箱の中に向かって彼の名を叫んだ。何度も何度も叫んだ。どうかしている。
私は体の平衡を失ってダンボール箱の中に転げ落ちた。

気を失っていたのだろうか。夢だったのか。なんだかよくわからなかった。
私は夕日から隠れるようにまたダンボールの中にうずくまった。目を瞑るとかすかにゴーッと言う音がした。私の中を流れる血の音なのか。なんだか懐かしい。お母さんの胎内にいるような気がして私は親指をしゃぶってみた。丸くなっていつまでもこうしていよう、と思った。
…いつか誰かが見つけてくれるまで。


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