papehiko
「学級崩壊DS」

 ニンテンドーDSで遊んでいたら、突然、ビンタされた。あまりの出来事に、にょろーんと鼻血が噴き出てしまった。
「授業中にゲームをするとは、何事か!」
 僕のほっぺを叩いて、なおも怒鳴っているのは、数学教師のランデブー沢村だった。いつもオーデコロンの匂い(例えるなら、暴走族が乗っている違法改造車の室内の匂い)を周囲に撒き散らしている、いやらしい28歳の男性教師だった。
「先生、今のビンタは、体罰ですか? それとも……嫉妬ですか?」
 DS付属のタッチペンで指しながら、僕は、ランデブー沢村の核心をついてみせた。すべて、お見通しなのだ。
「な、ななな何を言っている! オレは、べべ別に、別にうらやましくなんかないぞ! う、うらやましいとかいう理由で、おまえをビンタしたわけじゃないんだぞ! じ、じ授業中に携帯ゲーム機なんかで遊んでいたから、オレは、きょ、キョンシーとしてだな……、あ、まちがえた、きょ、教師として注意したわけであって、あのう、そのう」
 僕の指摘したことが図星であったのは、もはや間違いないようで、あたふたと慌てるランデブー沢村の周りからは、クラスメイトたちのささやきあう声が聞こえてきた。
「かわいそー。さわむら、いまだに買えないみたいよー」
「おれなんて、ごじかんも並んで、やっとてにいれたんだぜ」
「でぃーえすなんて、おこさまむけだよなー。やっぱ、こうこうせいともなれば、ぴーえすぴーだろ?」
「ふん、がきどもが。けいたいげーむきなんて、げーむぼーいで十分なんだよ。それか、わんだーすわんでもやってろっての。おまえら、にわかゲーマーどもは、にんてんどー・そにー製品でもやってろっての。真のゲーマーなら、やっぱり、えっくすぼっくす360だもんね。しかも、北米版そふと」
「おまえ、ばかじゃねえの。どりーむきゃすとが1番すごいんだよ。しったかぶりすんなよ、ばか」
「せが(笑)」
 2年5組にいるほとんどの生徒が、ひそひそと、ランデブー沢村のことを嘲笑しあっていた。まあ所詮、ランデブーは、この程度の人望しかない教師なのであり、当の本人は、ズボンの前ファスナーあたりにシミをつくるほど、つまりは失禁しちゃうくらい、怒りは臨界点に達していた。
「えーい、しずまれ、しずまれーい!」
 権力老人徘徊ドラマ『水戸黄門』の角さん以外が発したところで何の説得力もないセリフをまくしたてながら、ランデブー沢村は、もう一度、僕をビンタした。
「と、とにかく、そのニンテンドーDSは、没収するっ! 早くよこせ!」
「あ、ちょっと、ちょっと待ってください、沢村先生。没収するのであれば、DS本体だけにしてください」
 僕がそう提案すると、ランデブーは、すぐには理解しかねる、という意思表示なのか、口を半開きにしたまま僕のことを見下ろした。
「え? なんでだ」
「まことに申し上げにくいのですが、いまだにDS本体を手に入れることのできていない沢村先生はご存知ないのでしょうけれど、DSのソフトは、非常に壊れやすいのです。慣れない人が扱えば、ソフト内部のプログラムチップ、通称『スーパーマリオLSI』の破壊を招きます。それが仕様なのです」
 こんなこと、もちろん大嘘なのだが、僕は、ランデブー沢村に、なんとかして一矢報いたかった。
「そう…なのか? そんなことゲーム雑誌には書いてなかったと思うけど……」
 どうやら、ランデブーは、ゲーム雑誌を愛読しているらしい。
「あたりまえですよ〜、沢村先生。ゲーム雑誌の編集部が、ゲームメーカーに不利なことを書くはずないじゃないですか〜。あははは、にゃーおかしい」
「でも、でもな! やっぱりソフトも没収したい……じゃなくって、没収する! DS本体だけ没収しても、ソフトが無けりゃ意味ないだろ! くそ! さっさと、よこしやがれ!」
 これまでのやりとりから、僕は、ランデブー沢村の目的に気づきはじめていた。だからこそ、徹底的にからかってやろうと思った。
「そうですね。その通りです。沢村先生のおっしゃる通りでございます。たったいま、ようやく目が覚めました。僕は、悪い生徒です。極悪です。堕天使です。あろことか、沢村先生の神聖で崇高なる授業の最中に、携帯ゲーム機をプレイするなどという、取り返しのつかない罪を犯してしまいました。しかも、僕がプレイしていたニンテンドーDSなるゲーム機は、もとは京都の場末で花札やトランプといった賭博玩具を製造していたにすぎないおもちゃメーカーが販売しているもの、そんな社会倫理ないしは人間道徳に反する企業の製品を、偉大なるランデブー沢村先生閣下大王陛下さまの神聖かつ崇高なる授業に持ち込むなど、ああ、おお、僕は何という恐ろしいあやまちを犯してしまったのでしょうか、アーメン、なんまいだぶ、もっと背が高くなりますように、大学合格祈願」
 僕が、ランデブーへの非現実的なヨイショを一気にまくしたてると、おどろくべきことに、当の沢村は、むずがゆそうな、苦しゅうない的な、嬉しそうな薄ら笑いを浮かべていた。
「お、おい。うまいなー、お世辞うまいなー」
「いえいえ、沢村先生。僕は、本当の真実の真相を申し上げているだけでございます。と、いうことで、このニンテンドーDSとソフトは、この場で粉々に破壊してしまうことにしましょう。僕がこれらを床に叩きつけさえすれば、わざわざ「没収」などという、先生のお手をわずらわせるようなことも必要なくなります。そうだ。それがいい。ナイスアイディア」
「あ、おい、ちょっと待て! そこまでする必要はない!」
「いえいえ、こんなものがあるから、こんな面白い携帯ゲーム機があるから、いけないんです。こんなものがあるから、争いが起こるんです。こんなものがあるから、法外な価格の転売が横行するんです。こんなものがあるから、ソニーは値下げ戦略を余儀なくされるんです。こんなものがあるから、PS3が、1台売るごとに数万円の赤字になるんです。えーい、こんなものは叩き壊してくれる!」
「まて、まってくれ! こ、こここ壊すくらいなら、売ってくれ! そうだ、没収はやめだ! よし、買おう。先生が、君のニンテンドーDSを買おうじゃないか。うむ、そうだ、定価の3倍……いや、5倍で買い取ってやろう。ぜひとも買い取らせてください!」
 いよいよ面白いことになってきたと思いながら、僕は、卑屈な笑みを浮かべているランデブー沢村に向かって言った。
「土下座したら、売ってやるよ。このゲーム脳が!」
 すると、即座に、ランデブーは土下座した。
 そして、頼みもしないのに、僕の内履きを舐めはじめたのだが、よけいに汚れてしまった。


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