さかか
「(キャベツを・・・)」

キャベツを買いにいこうとして玄関に近づくと、扉がすこしだけひらいている。その隙間からいきなりノックもせずに入ってきた右手が、何も書かれていない手紙を渡そうとしているので、しかたないから私はそれを左手で受けとると、こんどは左手が伸びてきて同じような手紙を私の右手に押しつける。あのひとは何を書こうとしたのだろう。この白い便箋をわたしはどんなふうに読めばよいというのだろうかと考えていると、ヴェランダにキャベツをかかえた誰かが立っていて、鍵もかかっていない窓をやさしくノックしている。私はしかたないからといって窓を開けてあげたりはせず、急いで鍵をしめてカーテンもしめた。キャベツを買いにいかなければならないのだ。だが、すでに流しのまえで私のエプロンをしめているその男は、まな板をだしてよく研いでおいた包丁を右手にキャベツを切ろうとしている。危ない。そう本能的に察知した私は、あのひとがおいていったヘルメットをキャベツにかぶせ、切れ味のよい包丁を奪いとった。男は私のエプロンをなごり惜しそうに脱ぎすてて内ポケットをさぐる。私は後ずさりして包丁を両手でしっかりと握って身がまえたのに、男は落ち着きはらって内ポケットから名前も書かれていない名刺を渡そうとする。その手つきは、わずかに開かれた扉からノックもせずに入ってきたさきほどの右手のそれとよく似ている。私が受け取ろうとしないのを見てとると、こんどは手裏剣のように、手品師の扱うトランプのように矢継ぎばやにつぎつぎと白い名刺を投げつけてきた。私は切れ味のよい自慢の包丁をふりまわし、名もない名刺を切り刻むのだが、一刀両断にされたその紙たちは私の服にまといつき、何も書かれてはいない無数の紙切れのなかで私はいつのまにか裸になっている。男はドアをわずかに開けたまま静かに立ち去っていった。わたしはヴェランダから洗濯物をとりこみ、たたむのはあとにしてキャベツを買いにいこうと思った。


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