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よっぺけ 「メメ次元」 |
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戦慄しそうな暗黒の中に佇んでいる男の前に,一本の階段が伸びている。 その階段は,暗黒を縫うようにして,奇妙に折れ曲がり,ねじれ,歪んで,ずっとずっと果てしなく上の方まで続いていた。 「ここは一体何処だろう。私は,夢を見ているのだろうか。それとも,私の肉体はとうに滅んでしまっていて,魂が,死後の世界へとやって来たのだろうか」 男は,階段を上り始めた。階段を踏みしめた際の足の裏に感じる冷たくなまなましい感触が,男に自分の実存感を呼び起こさせて,男はここが,夢の世界でも死後の世界でもないと確信した。 しばらく階段を上ったところで,男の目の前に,全身に白粉を塗りたくったような真っ白な姿をした全裸の怪人が現れた。怪人には目も耳も鼻もなく,体毛もない。だが,唇だけは真っ赤に腫れあがっていて,何とも異様だ。男は一瞬驚いたが,よく見てみるとその怪人は,鏡に映った自分の姿だった。 男はさらに階段を上り進める。すると今度は,男の背後の方から,物凄い勢いで階段を駆け上ってくるような足音が聞こえてきた。男が振り返って見てみると,はるか下方から,人の形をした黒い影のようなものが,まるで陸上の短距離選手のような華麗なフォームで,階段を駆け上ってくる姿があった。 男は,もしもこの黒い影に追い付かれたら,何か自分が手ひどい仕打ちを受けるのではないかと恐怖して,逃げるように階段を駆け上り出した。だがその途端,急に階段から硬質が無くなって,まるで水に溶かした片栗粉の上を走っているように,思うように両足に力が伝わらない。 男が身悶えている間にも,黒い影はどんどんどんどん速度を上げて男の背後に迫ってくる。そしてついに黒い影は,手を伸ばせば男を捕まえられそうな距離まで近付いてきたが,不思議とそれ以上,男とこの黒い影との距離が縮まることはなかった。 男が走るのをやめて立ち止まり,再び後ろを振り返ってみると,黒い影も立ち止まっている。「あなたは一体何者です」と男が黒い影に問うと,黒い影は「私は時間だ」と答え,そのまますーっと,暗黒の空間に溶けるように消えていなくなってしまった。 男はさらにさらに階段を上り進める。男が前を見上げると,やっとこの暗黒の出口らしきドアが見えてきた。ドアの四方の隙間からは眩い光が差し込んでいて,男はその神々しさに誘われるように階段を上りドアに近付くと,ドアノブに手をかけ,ゆっくりとドアを開けた。 ドアの向こうから立ち込めた白い光が,暗黒の空間を浸食していく。逆光に照らされた男の黒いシルエットが,ドアの中へと消えていった。その先で,男が見たものは―― ――男が,最初に立っていた場所だった。再び,階段のスタート地点に戻って来てしまったのだ。男はひどくみじめな気持ちになって,膝を抱えてうずくまった。 すると,何もない虚無の空間だと思われていた暗黒の背景に,無数のドアが出現し,一斉にガチャリと大きな音を立ててドアが開いた。中には,先ほど自らを「時間」と名乗った,人の形をした黒い影が,群れをなして,ゆらゆらとゆらめいている。そしてこの黒い影達は,「がんばーれー,がんばーれー」と男に声を掛けると,また一斉にバタンと大きな音を立ててドアを閉め,消えた。 辺りは再び,絶望的な暗黒と静寂に包まれた。男には,無数の黒い影達が発した声が,壊れたテープレコーダーから聞こえてくるノイズのように感じられて,ひどく耳障りだった。 男の前には,一本の階段が果てしなく上の方まで続いている。男は,うずくまったまま何もしないでいると,自分の実存感がどんどん薄れていくような気がしたので,すっと立ち上がると,再び目の前に伸びる階段を一段一段上り始めた。 |
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