ジャージー
「お伽の奢り」

ナショナリズムを剥き出しにしている日本や、韓国や、中国においては、東アジア共同体なんてお伽話でしかなくて、それは憲法は否認されたものの、一つの国みたいになってきつつあるヨーロッパとは全く異なっている。

 マイクで拡張された顔の赤い教授の発する音が、幾つかの音響設備を通して壁に跳ね返る。

 僕は、特ににする事もないような気がしたので、買ったばかりの多和田葉子の小説を読みながら、人種や意識についてを考えようとするのだけれど、圧倒的な自己の卑劣さを思ってしまって、政治を耳にしながらも、政治的なものに疲れを感じてしまいそうに思っ
て、窓の外を眺める事にした。

 ショウアップだ。なんて、雲を意識的に近付ける事に対しての馬鹿馬鹿しさを思うのだけれど、周りを見渡してみても、他にすることもなくて、やはり僕に向けてのショウアップを続ける事にした。

 ずっとそれを見つめていると、全体の連動性の所為で、本当に雲が動いているのだか何だか分からなくなってきて、僕は窓枠を眺める事でようやく時間の過ぎてゆくことを実感して、ため息を吐いた。


 留まりたいのか?と、彼が訊ねる。

 分からないけれど、息が苦しいんだ。と、僕。

 なあ、見てろよ。と、彼が言い終わらないうちに、真横の銀杏の木から真っ黒な鴉が真っ逆さまに落ちてゆき、それに対して憐憫さを以て接しようとすると、どうやらそれは鴉ではなくて、気が付くと、僕の目に上下の反転した銀杏の黄色が、東が赤く染まってき
た藍色に浮かんでいるのが映るのだ。

 僕は思う。「嘘つき」

 嘘なんて付いてないわよ、と窓辺に座る逆さまの女の子が言う。

 ねえ、なんで消えてしまったんだ?だってずっと待っているはずだんたんだろ?と、言ってしまうと、冬の風の暴力性のせいで、耳の感覚が消えてしまっていて、彼女の唇を窄めた笑顔の返答が届かなくなっていた。

 お前は何も分かっていないんだ。分かってない。俺は不変的な存在だし、もしお前が仮に移動を見たとしても、それは表面上の問題なんだ。ユーロのように、時間のように。
と、彼が呟く。

 耳を介さずに強く頭に響く彼の声を聞きながら、地面に激しく叩きつけられた瞬間に、周りに歩いていた女子学生が大声をあげたような気がした。


 女子学生がその場を小走りに立ち去るのを見届けて、僕は多和田葉子へと戻った。

 窓際の席には、僕以外には誰も座っていなくて、教授の顔は相変わらず赤かった。

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