三鷹ユキ
「サンタクロースル」


 今日だけは裏通りをひたすら歩いた。
 普段は何かと物騒だから表通りを歩くが、今日だけは、今日だけは特別だ。
 表通りには電飾と暖かい歌と番いの連中しか存在しない。僕はそこに入っていくわけにはいかないのだ。真っ暗な裏路地をひたすら歩いた。

 ある時、周囲をきょろきょろと見回しながら歩く男を発見する。
 この暗闇にもよく映える赤いモコモコの服。どうやら何かを探しているようだが。
「あ、そこのお方」
 その影は僕に向けて声をかけた。その声からすると、中年以上の男性だ。
「この辺りに箱は落ちておらんかのう?」
「箱?」
「おもちゃの箱じゃ」
 わざとらしいくらいにジジくさい口調で喋った男は、なおも周囲を見回している。
「持って入ろうとしたら落としてしまったのじゃ」
「落とすって、どこで落としたんだ?」
「そこじゃよ」
 明かりの消えたマンションの、道路に面した部屋の窓を指差す男。
「今日は風が強いからのう。どこに落ちたか」
「あの高さじゃぶっ壊れてんじゃねーか?」
「それは構わんのじゃ。代えはいくらでもある。だが壊れた悲惨な姿のおもちゃを子供達の目に触れさせたくなくてのう」
「ちょと待て、いくらでもあるってどういうことだ?」
「ほれ」
 男は背負っている白い袋を見せた。何の造作も無い、本当にただの大きな布袋だ。下が膨らんで垂れ下がっているところを見ると、決して軽くはないだろう。しかし男は指で摘まむように軽々と背負っている。
「……なあ」
 僕は、あまりにもありきたりな展開に、ついありきたりな質問をぶつけてしまう。
「おまえ、サンタクロースか?」
 男は僕を見つめた。
「いかにもその通りじゃ」
「本物か?」
「そうじゃよ」
「本当に本物か? 実はチンジャオロースだったり厚切りロースハムだったりしないよな?」
「わしを疑っておるのか?」
「信じろって言うほうが無理だと思うんだが」
「よかろう」
 男は白い袋を地面に置いて、一歩だけ下がった。
「ではサンタの力を見せてやろうではないか」
「サンタの力?」
「目を見開いてよぉく見ておれ」
 男はおもむろに両手を頭上に掲げた。
「サンタの力ぁあああああ!」
 ふた筋の雷が南北から斜めに地面に突き刺さる。
 その斜めのまばゆい直線が僕の眼前で交わる、そして。
「うぎゃああああああああ」
 という僕の声が深夜の住宅街にこだました。
「見たか若者。これが必殺、サンダークロースじゃ」
「やっぱ偽者じゃないか!」
 ちなみに英語的に言うなら、正しくはクロスサンダーであろう。
 黒焦げの体を引きずって僕はようやく起き上がる。
「ふざけんなジジイ!」
「大声を出すな、子供達が起きてしまう。軽いアメリカンジョークじゃよ」
 偽サンタは乾いた笑いを放った。
「サンタなんだったらなぁ、プレゼントの一つでも寄越せってんだよ!」
「なんじゃ。信じないとか言ったくせにプレゼントは欲しいのか」
 今、白い袋を再び持ち上げた男はそれで目を細めた。
「さあて、おまえさんのような大人は何が欲しいのかね」
 僕は、ここからもチラリと見える表通りの電飾を振り返った。
「あの……」
「なんじゃ?」
「か、彼女が……欲しいデス」
 サンタはクスリと笑う。
「まったく、おまえさんくらいの歳になると、クリスマスって言ったら女しか浮かばんのか」
「悪かったな」
「……そうか。つまりおまえさんには彼女がおらんのじゃな」
「いたらこんな時間に一人で歩かんわ!」
「大声出すなと言うのに」
 偽サンタはそれから少しだけ思案する。
「もしかして、ムリなのか?」
「女の子をプレゼント? ムリムリ、ワシを誘拐犯にする気か?」
「……そっか」
「そうさなあ、それに例え女の子をプレゼントしても、その子がおまえを好きになるとは限らんし」
「うるさい」
 だが偽サンタは、ここでふと笑った。
「……おお、そうじゃ。ちょうどいい相手がおったぞ」
「え?」
 偽サンタは袋には手を入れず、自分のポケットに手を突っ込んだ。
 出して来たのは、携帯電話。
「相手の子も男を渇望しておるようだし、今日明日くらい付き合ってみてはどうじゃ?」
 僕はそのディスプレイに表示された文字を追った。

『ちゅみ子です。一応社長令嬢で、清楚なお姉さんで通ってますけど、本当は激しいエッチが好きな女なんです。車持ってるから迎えに行きます♪週末ににどっか遊びに行こう♪車の中でしてもいいけどね(^^;)良かったら下のアドレスにお返事ください♪電話番号は教えます♪先にメールして、安心したいから、その後直接話そうよ!よろしくね☆』

「出会い系じゃねーかっ!」
「何じゃそりゃ」
「もう、いい!」
 僕は携帯電話を閉じて突っ返した。
「わがままな奴じゃな、ちょっと待っておれ」
 偽サンタは袋を置いたまま小走りでどこかへ行った。
「……」
 袋の中を少しだけ覗いた。
「これって」
 クリスマスに発売されたおもちゃがいっぱい入っていた。男の子向けのものも、女の子向けのものも、ほんの赤ん坊向けのものから、小学生低学年のものまで。
「いやー、ルドルフが言うこと聞かなくてのう」
 本当に程なく戻ってきた偽サンタは……僕と同じ歳くらいの、カワイイ女の子を連れていた。
「ルドルフ?」
 僕は一応そっちを聞いておいたが、もうその答えを聞く気も無い。
「トナカイの名前じゃよ。ちなみに五頭連れておる。本当はルドルフ一頭でよいのじゃが、ついかわいくて五頭も買ってしまったのじゃ。なんというかその、オトナガイじゃな」
 そんなダジャレはもう聞いてない。
 その子が近寄ってきて手を取るので、僕はもうそっちに夢中だった。
「……おい若者」
「何だよサンタさん」
 サンタクロースはため息をつきながら、白い袋を背負った。
「おまえさんくらいの歳でサンタに物を頼む子が珍しくて、つい奮発してしまったが」
「へ?」
「あんまりハデなことしてくれるなよ。その子高いんだから」
「え? 高い?」
 僕は、凄くきれいな目をしたその子の顔をよく見た。
 彼女はそっと笑った。
「気にしなくていいのよ、あのオッサンが後で全部払ってくれるって言うから」
「払う? 何を?」
「お☆か☆ね☆」
 とてつもなくかわいい顔で、声で、トコトンかわいくない言葉を口から吐き出された。
「デート一日二万円! キスは安くしとくよぉ☆ でも抱くのは五万円ね」
 あどけないようであくどい彼女の顔に僕は困惑する。
「……おい、ちょっと、サンタさん」
「なんじゃ」
 駐車場から五頭のトナカイを引っ張り出してきたその男を僕は呼び止めた。
 五頭の先頭の奴の鼻は、本当に赤い鼻だった。
「どういうことだよ、これ」
 サンタはいそいそとソリに乗り込む。
「日本の連中がサンタに欲しがるものなんて、全部金で買えるものじゃ」
 静かな鐘の音と共に、トナカイとソリは浮遊を始める。
「若者、プレゼントは確かに渡したぞ。代わりに落とした一個を見つけておいてくれんかの」
 見る見る高度を上げるサンタのソリ。
「さあ次は隣町じゃ」
 街の光に照らされて時折光る白い布袋。
 僕はレンタル彼女と一緒に地面を探し回った。

 来年、きっと僕は一人でも満足してるだろう。
 できればタダで二人で過ごしたいが。


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