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松田草介 「さよならの贈り物」 |
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ある日の晩、幸二の前に死神が現れた。
死神は言った。おまえの付き合ってる女性は数日後に死ぬ。 幸二は寝不足だったので、それを聞いてからすぐにベッドにもぐった。 翌日、幸二は目を覚ましてから、昨晩寝る前に現れた不気味な男のことを思い出した。 俺の付き合ってる女が数日後に死ぬ。そんなことあるわけないだろうと幸二は思った。 幸二の交際している宏美は病気も怪我もしていないし、元気に毎日働いている。 ただひとつ気になることといえば、宏美がときどき死にたいと口走ることだ。 幸二と宏美は精神科の病院で知り合った。待合室で退屈そうにしている幸二に、宏美から声をかけた。それが2人の付き合いの始まりだった。 最初は週に1回、待合室で病気のことや仕事のこと、好きなことを語り合った。それから数ヶ月して、2人は休日に映画を観に行った。残酷なホラー映画だった。最後は全員死に至る内容だった。 そのあと買い物をした。2人は似たような好みをしていた。ラジオ、テレビに出演することのないようなマイナーな歌手が好きで、その歌手のCDを幸二の部屋で聴いた。 音楽を聴きながら、幸二はなぜ宏美に自分に近寄ってきたのか尋ねた。宏美は首を振って言った。わかんない、と。 幸二もなぜ宏美との会話にのったのかわからなかった。待合室の暇つぶし程度に考えていたうちにデートを重ね、キスを繰り返して、ベッドをともにした。 宏美は美人とは言いがたい容姿をしていた。地味でこれといったチャームポイントもなく、特別元気で明るいわけでもなかった。それでも幸二は、宏美が好きだった。何も特徴を持っていないというところに一番惹かれた。それは宏美も同じだったようだ。幸二も取り立てて長所もなく、ひどい短所もなかった。平凡な2人は、月に2回ほど映画を観たり、買い物をしたり、幸二の部屋で交わった。 死神が現れた晩の翌日も、幸二は宏美と遊ぶ約束をしていた。普通の店では入手できないような変わったアーティストのCDを買い、がいこつのキーホルダーを買い、2人とも好きな映画のポスターを買った。 買い物をしてから幸二は、宏美を喫茶店に誘った。 「なあ宏美」 「もうちょっと注文待って。今どれにするか決めてるところ」 「いや、注文を聞いてるんじゃないんだ。これから話すことを真剣に聞いてくれるか?」 宏美は幸二を見つめた。真剣なまなざしをしていた。宏美はメニュー表をテーブルに置いてうなづいた。 幸二は昨晩のことを思い出しながら言った。 「昨日、俺、死神をみたんだ」 宏美は普段以上にぼんやりとした顔をした。それからくすっとほほえんだ。 「新手のオカルト話?」 「いや、本物の死神だよ。それでそいつはいったんだ。君が数日後に死ぬんだと」 へえ、と宏美は興味深そうに椅子に座りなおした。 「やっぱり鎌持ってどくろ頭だったの、そいつ?」 「いや、いたって普通の人間の姿だった。でも本当にそいつは死神だったんだ」 「なんでそう言い切れるの?」 「ただ、なんとなく」 しばしの沈黙の後、注文したコーヒーが2人のテーブルの前に置かれた。宏美はコーヒーを一口飲んだ。 「そっか、私死んじゃうんだ」 幸二はうつむいて、何もいえなかった。コーヒーを飲む気にもなれなかった。 「別に私、死ぬのはかまわないんだ。でも、幸二君が1人きりになるのは寂しいかな。でも幸二君なら新しい恋人みつけられるよ、きっと」 「俺、宏美じゃなきゃいやだ」 「弱気にならないで。君は魅力的だから別の人がきっと君のことを好きになってくれるよ」 「違うんだ。俺はだれでもいいから彼女が欲しいなんて思ってない。宏美といつまでも一緒にいたいんだ」 「でも、死神が私がもうじき死ぬって言ったんでしょ?それじゃしょうがないよ。あなたは幸せに長生きしてね」 喫茶店を出て、2人は駅へ向かった。幸二はコーヒーを一口も飲めなかった。宏美は幸せそうに幸二の腕をつかんで歩いていた。 「あ、そうだ」 宏美は立ち止まって、駅の近くにあるラーメン屋を指した。 「あそこのラーメンおいしいんだって。こないだテレビでやってたんだよ。幸二君おなかすいてない?」 「そっか。宏美は今なにか食いたいか?」 宏美はうなづいた。2人はそのラーメン屋へ入った。 東京ラーメン、と書かれたのれんをくぐって2人は店内に入った。いい匂いが店に充満していた。幸二は宏美に促されてカウンター席へとついた。 「幸二君、何が食べたい」 「…ラーメン」 「そんなのわかってるよ。ねぎラーメンとかみそラーメンとか、具体的に言ってよ」 「じゃあ、チャーシューメンで」 宏美は幸二の腕をついた。 「さすがだね。この店のチャーシュー美味しいってテレビでやってたんだよ。私もそうしようかな」 注文をたずねにきた店員に宏美はチャーシューメンをふたつたのんだ。 2人で他愛ない会話をしていると、注文していたラーメンが2人の前に並べられた。幸二はぼんやりとそれを見ていたが、宏美に早く食べないと伸びちゃうよ、とせかされて割り箸を取った。 2人はしばらく黙々とラーメンを食べた。半分ほど食べ終えた宏美が言った。 「やっぱりここのチャーシュー美味しいね。幸二君、食べないの?」 「今、なんとなく肉を食べる気わかないんだ」 「あは。それじゃなんでチャーシューメン頼んだのさ?」 幸二は箸で自分のラーメンからチャーシューを一枚とって、宏美の器へ送った。 「ありがと。でも肉ばっかり食べてちゃ太るかも。でもいいか。私もうじき死んじゃうんだもんね」 「チャーシューの1枚2枚でお前の痩せた体は膨らまないよ」 「お世辞ありがと」 宏美は幸二からもらった焼き豚の肉を食べた。 それから2日後、宏美は交通事故で死んだ。宏美は友達がいないため、葬儀に集まったのは家族と親戚だけだった。唯一身内でない幸二は居心地悪そうにその場にいた。 葬儀場の手配人によって、宏美の遺体の入った棺おけが開けられた。宏美は冷たくなっていたが、ほほえんでいた。家族や親戚に合わせて、幸二は宏美の顔のそばへ、一輪の花を添えた。 宏美の遺体が燃やされている中、幸二は空へと立ち上る煙を見ていた。宏美が空へ帰っていく。なぜ宏美だったのだろう。なぜ宏美が選ばれたのだろう。 骨になった宏美の遺骨を、彼女の家族や親戚が陰鬱な表情で骨壷へと入れていた。幸二はそれに参加する気にはなれなかった。宏美が骨だけになったことが信じられなかった。 すべての葬儀が終わってから、幸二は宏美の家族に別れの言葉を述べて、アパートへと戻った。そこには自分ひとりしかいなかった。好きな音楽のCDも、好きな映画のポスターも、共有してくれる人はいなかった。 幸二は宏美と知り合ったばかりのころ、彼女が言っていたことをふと思い出した。もしも生まれ変わったら飛べる生き物に生まれ変わりたい。鳥でも、蝶でも、蝿でも、蛾でもいい。とにかく空を飛べる生き物になってみたい、と。 幸二はベランダから空を見ながら、部屋へ舞い込んでくるものを待ち続けた。 |
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