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けんしョう 「SkiT」 |
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幕開け。 「私の幸せは何処? 考えても考えてもわからない。わからない。わからないわからないわからないわからない。そしてわからない事は苦しい。苦しい。苦しい苦しい苦しい苦しい。それは死んでしまいたほどに。死んでしまいたい。死んで死んで死んで死んで。私なんて死んで! 嗚呼! 死んで死んで死んで死ん――あ!」 ライトアップ。 深夜、寝室、闇の中。ベットで寝ていた女、突然起き上がる。長い黒髪、青い瞳。その白い肌を包むのは下着一枚。彼女は粗い息を吐き吐き、隣りで寝ている男の顔を見つめると、なんの前触れもなく、なんの躊躇もなく、その頬に向かってビンタを放った。バツン。暗闇の中で鈍い音が響く。バツンバツンバツ――。 「あお! あああああああああああああああ? あうした? どうした……? ええ? 君か」 男、赤くなった頬を擦りながら起き上がり、ずれた眼鏡をかけ直す。真面目そうな顔立ち、筋肉質な肉体。その肉体を包むのは下着一枚。彼は部屋の明かりを点けるため、リモコンを探す。暗闇の中で、ゴソゴソゴソ。 「事件よ。事件なのよ。ほんと、大事件……どうしよう」 「事件か、事件ね。どんな事件だいそれは?――あ、あった」 男、見つけたリモコンのスイッチを押す。パッ。辺りが柔らかい光に包まれる。二人、眩しそうに目を細めた。 「私はどうやら死んじゃったみたい。このままだと腐ってしまう。魚の死骸みたいにね」 「それは困るな。魚の死骸はとにかく臭いものな」 「そうよ、臭いの。このままじゃ私、臭くなっちゃう。どうすればいいと思う?」 「冷凍庫に入るのは? いや、そんなことをしても何時かは腐る」 「ええ、腐る」 「じゃあ、血を循環させるんだ。鮮度を取り戻す。生き返るんだ」 「生き返るの?」 「そう、生き返る。その為には動くんだ。動く死体は死体じゃないからね」 「どういう風に?」 「それは君次第。君がしたいように。僕は何も言わない。君が生き返るなら何も言わない」 「私のしたいように?」 「君のしたいように」 「私のしたいように……」 女、ベットからゆっくり抜けだすと、辺りを見廻す。そうしておもむろに、目に入ったスタンドライトを手にとると、「したい」と、呟き。壁に向かってそれを投げ付けた。ガシャン。スタンドライトは粉微塵。床に拡散した。パラパラパラ。 「おォ。そいつはナイスアイディアかも知れん。動きに刺激がプラスされてて、血液循環だけでなく、脳味噌まで活発になる」 男、ベットから抜け出し、小さな欠伸をすると、「ところで何か飲むかい? 何時ものミルクティーでいいかい?」と、尋ねた。 「うん、何時ものミルクティー。あたたかいミルクティーに」 女、寝室の扉を蹴破ぶり、リビングの明かりを点けると、テーブルの上に置いてあった花瓶を手に取り、食器棚に向かって投げ付けた。ガシャン。食器棚のガラスにヒビが入る。 「おゥけい」 リビングに入って来た男、食器棚から赤と青のカップを取り出すと、台所へとスキップ。タンタタン、タンタタン、タンタタン、タンタタン。 「私、血が廻ってるのがわかるの。この方法、効果があるみたい」 女、そう言いながら掃除機を持ち上げた。 「そいつは良かった。本当に」 男、水を張ったステンレス鍋をコンロに置く。チチチチチチッボ。火を点す。 「生き返るのも時間の問題みたい。嗚呼、生き返って一番最初に美味しいミルクティーを飲めるなんて、私は幸せ者ね」 バギャ。女、食器棚に掃除機を投げ付ける。ガラスが辺りに飛び散り、掃除機は床でバウンドした。バウン。 「違いない!」 男、ティーパックを青いカップに入れ、ココアの粉を赤いカップに入れた。「生き返った君が一番に飲むお茶を入れれる僕も、相当な幸せものだけどね」 「上手ね」 「上手さ」 男、沸騰したお湯をそれぞれのカップに注ぎ入れる。紅茶とココアの入り交じったあたたかい香りが、辺りを包み込む。 「良い香り。小雨が降るオープンカフェみたい」 女、電話を地面に投げ付けた。ガワン。電話が弾けた。 「BGMはルーシルの曲。淑やかな小雨ってところかな?」 「そう、ぴったりね。静かさの中にあるリズム。淑やかなリズム――あの頃を思い出すわね」 「僕たちが出会った頃だ。雲製造工房が見えるオープンカフェだったね。その日は雨が降っていたのに、僕と君だけは外に腰かけていた。互いが互いに、頭上のパラソルに雨が当る音が好きだったんだ――さあ、お茶が出来たよ。一段落といこう」 男の呼びかけに、淑やかな笑みを浮かべた女、テーブルに向き直る。男がテーブルの上にカップを並べている。赤と青のカップ。向かい合ったカップ。幸せそうなカップ。そこにはあの日、あの時から存在し続ける何かがあった。 「どうぞ美しき淑女。御座り下さい。そして私めと一時の時間を、御供下さいませ」 男、真面目な顔でそう言い、女の為に椅子を引く。 「そのセリフ。あの時と同じだわ」 女、嬉しそうに微笑み、テーブルに歩み寄ると、「ありがとう」と呟き、椅子に腰しかけた。 「当然の事」 男、自分の席に腰掛けると、「さあ、幸せな一時を共に!」と、あたたかな笑みを浮かべて言った。 「ふふふ、そうね」 女、幸せそうに目を細める。「どうやら私は、初めから死んでいなかったみたい」 「それは良かった!」 男、あの時と同じ笑顔を浮かべる。女、その笑顔を見つめながらミルクティーを一口飲んだ。口の中にまろやかな甘味が広がり、あの時から存在する何か、その正体を確信する。 ライトダウン。 「私の幸せはあの時から今まで、直ぐ側で香り続けてた」 コト。 「僕の幸せも」 カチャン。 「うれしい。私は今とっても幸せよ」 幕引き。 |
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