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shu 「ばにら」 |
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取調べが長引いたせいか、私は途中で気を失ってしまったようだ。気がつくとそこは警察病院のベッド。左手には点滴がされている。おそらくこの後、わたしの罪は確定し、どこかの刑務所に移送されるだろう。 罪状は「死体遺棄」 長年勤めた会社でリストラにあい、職探しの毎日を送りながら、途方に暮れていた私が初めて彼女と出逢ったのは丁度、去年の今頃。あの家の軒先に石榴が生っていたのを懐かしく眺めていたのだった。私は思わず子供のころを思い出して手を伸ばし、ひとつもぎ取ろうとした。しかし、あと少しで手が届かない。すると二階から笑い声がした。見ると窓から、少女が顔を出していた。私と目が合うや恥ずかしそうに素早く顔を隠した。その後、散歩の度に何度か窓から彼女を見かけるようになった。高校生のようだが学校に行っている様子もない。 そんな折、家庭教師の職に就き、偶然にもこの家で募集がかけられていることを知った。私は迷わず、希望した。 彼女の名は「真帆」。生まれつき病弱で原因不明の難病にかかり、中学を卒業してからはずっと家に篭ったままだという。それでも元気になったら大検を受け、大学に行きたいらしい。大学で何を学びたいのか聞くと、考古学と答えた。インディジョーンズみたいに黄金の像でも発見するのかと笑うと真顔で、恐竜の骨を発掘するのです、と言う。毎日、彼女の家に通うたびに私たちはまるで親子のように急速に親しくなっていった。 そう。彼女と私とは20歳も年が離れている。彼女の父親は数年前に失踪し、母親もその後、新しい男と家を出てしまったらしい。今は耳の聞こえなくなった祖母と二人暮らしだ。そんな境遇だからそうした家族の愛に飢えていたのだろう。私もバツイチの独り身なので夕飯をご馳走になったり、お風呂をいただいたりして、すっかりその家になじんでしまった。 冬になり、彼女の17歳の誕生日が訪れた。丁度私の誕生日と一日違いで、私は化石発掘用のトンカチやハケをプレゼントした。彼女は私に鉢植えの植物をくれた。ランの一種らしい。それは彼女の机の上に飾った。彼女は発掘道具が大層お気に入りで勉強の合間にはかならずそれを持ち出し、化石ごっこをする。部屋のいたるところをトンカチでふむふむと言いながら叩きハケではいて「隊長、ここにナニやらありまする」と言い、「うむ。ゴンドロスレオサウルスにちがいあるまい」「いやいや、ランチャンジャンゴサウルスであります」などとわざとオモシロい恐竜の名前を言って笑い転げる。勉強の仕上げはきまってバニラアイス。私はカップのバニラをぐるぐるスプーンでこねて、やわらかくして食べるのが好きだ。それを見て子供みたい、と彼女は笑った。 そんな楽しい毎日を送っていたのだが春先から彼女の体調が悪くなり、ベッドから起き上がることもままならなくなった。 日に日に痩せ、衰弱していく彼女を励ます毎日。 彼女のくれたランは成長し、真鍮のランプにツタを這わせ、葉を茂らせている。 あの花が咲くまでは生きていたいという彼女を叱りながら、ベッドの上で本を読んで聞かせる。化石ごっこも思うようにできないが、時折、力ない手でトンカチを握って私の胸や腕をとんとんと叩いて遊ぶ。「ナニやらありますな」「ナニもありませぬ」「いやいや、ナニかあるであろう」私の胸は化石だらけだ。捨てられてしまった過去の残骸。その化石が時折、夢に出てきて私を困らせる。 「わたしは化石になりたい」 そう言ったのは夏のある日。首筋にかいた汗を拭ってあげていたときだ。 彼女はおもむろにパジャマのボタンをはずし、胸をさらした。 ほのかに甘いバニラのような香りがする。 「叩いて」 わたしはまじろぎもせず、痩せた胸を見て、トンカチでそっと叩いた。 肋骨から小さな音がした。中がまるで空洞のような音だった。 その後、夏が終わり、時折、意識が混濁するようになった。 鬱蒼とした森の中を彼女を背負って歩く。 山は秋の装いとなり、色づく紅葉が鮮やかだった。 彼女の顔にも赤みが差し、鳥の声や風の音に耳を澄まし、ひさしぶりに笑い声をあげていた。時折、頭上から樹雨が降ってきた。 「きさめ?」 「そう。葉っぱに朝露がたまって、時折こうしてざざあ、ざざあって降ってくるんだよ」「ざざあ、ざざあ」 「そう。ざざあ。ざざあ」 陽だまりのちいさな空間で私たちは寝転んで、空を見た。 手を握ると安心したように「せんせ」と言う。 「ほんとはね。南米のマチュピチュみたいなとこで化石になりたかったの」 「贅沢言うな。お前を背負ってタイヘンなんだから」 「おじいさんねぇ」 「じじい言うな」 夜になった。星がきれいだった。 きれいだね、と言うと彼女はもう答えなかった。 手を握った。まだ、ぬくもりがあるようだった。 不思議と悲しくなく、涙も出なかった。 三年の刑を経て、私は彼女の家を訪ねた。 石榴の樹も家もそのままだった。 祖母は私を息子と勘違いしているのか、よく帰ってきたねぇ、と泣いて出迎えた。 彼女の部屋に入る。机の上に飾っていたランが蔦を伸ばし、ベッドの周りにも伝っていた。 部屋中にバニラの香りが漂っている。 ベッドの脇で一輪、白い花が咲いている。 私は机に座り、植物図鑑を広げて読んだ。 バニラ(Vanilla) ラン科の多年生の蔓植物(つるしょくぶつ)。葉の付け根から気根を出して他に絡み、長楕円形の多肉の葉が互生する。果実は細長く、完熟しないうちに発酵させると特有な甘い香気を発する。熱帯アメリカの原産。 南米の遺跡の上で真帆が横たわっている姿が浮かんだ。 真帆の匂いがする。 突如、胸の中から溜まっていた何かが音を立てて、溢れ出し わたしはたまらず床に突っ伏した。 「ざざあ、ざざあ?」 「そう、ざざあ、ざざあ…」 |
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