奈央
「優しい最後の雷日」

夜中の三時。
遠くから聞こえてくる雷鳴で彼女は目を覚ました。
まだ闇が支配する中、鳴り止む様子もなく、時々控えめに世界を一瞬照らす。
『ねぇ、わたしの為に世界がうねってる』
深い眠りに落ちていた僕を<だって夜中の3時だ>殆ど暴力的に揺り起こして僕の耳元に嬉しそうに囁いた。
そして無常にもタオルケットははがされる。
彼女は跳ね起きて白いワンピースに着替える。
『何処に行くんだよ。夜中の3時だぜ?』
『外に決まってるじゃない。あなたももちろん行くのよ。
だってまさかオンナノコをこんな時間に一人で歩かせるつもり?』
僕は頭を抱える。
『だって夜中の3時だよ』<ああ、もう3回もそう思う。無駄と知りながら>
彼女は当然僕の言葉をすりぬけて、ジーンズを投げてよこす。
『早く!遠くで鳴ってるなんて素敵!だけど何処かに行っちゃうわ!』
僕は渋々投げられたジーンズとTシャツに着替える。
手首をグイっと捕まれ、引きずられるようにドアを開け放つと強風と雨が吹き込んできた。
緑は揺れ踊っている。
彼女は、絶えず灰色の雲から太鼓みたいに打ち鳴らす光に向かって走りだす。
傘を持つ暇もなく、僕は彼女を追いかけた。
海岸線に向けて。
潮の匂いが強くなる。
太鼓と波が大地のリズムをつくりだす。
殆ど暗闇と一瞬の光の中、彼女の白いワンピースを見逃さないように追いかけた。
大粒の雨が目に当たり、視界を邪魔する。
ようやく彼女が止まったのは荒波を見渡せる砂丘の入り口だった。
僕も息が上がっているが、彼女はもっと息が上がっている。
細い肩が大きく上下している。
それでも彼女は嬉しそうに僕を振り返る。
『わたしの!!』
大声で叫ぶと彼女は両手を広げ、両腕を大きく空に突きさした。
その姿の何と美しかったことか!
それは彼女にしか出来ない仕草だった。
僕は大の字に倒れこんだ。<殆どその姿に眩暈を起こしたと言ってもいい>
彼女は可笑しそうに膝をついて僕の顔をのぞきこみ、そっとくちづけをした。
彼女の睫から、顎から、髪の毛から、雨の雫が僕の顔に滴った。
『こういう天気に海に来るのは危ないんだ』
僕は思わずつまらないことを言った。
『だからって諦めるの?そんな馬鹿なことって無いわ』
そして僕の横に転がった。
手はしっかり繋がれていた。
『ねぇ、死後の世界ってこうだわ、絶対。』
彼女は灰色の雲が猛スピードで移動していくのを見ながら、カラダに響く轟きを感じながら呟いた。
彼女のワンピースは当たり前のようにびしょ濡れで所々肌が透けて見えた。
手をギュッと一層強く握る。
『ずっと終わらないの』
僕は目を閉じて彼女の声とその全てに耳を傾けた。
『でも遠くて届かない。ここには届かないの。わたしは届きたいのに。そしてそのままわたしは次に行かなきゃいけないのよ』
ドーンと大きな音がし、海の遠くの方に雷が落ちたと感じる。
『かなしくなるけどかなしくないわ。やわらかいの。
だって、わたしの為に世界がうねってるんだもの』
目を開けて彼女を見てみた。
目から流れているのは涙か雨か分からなかった。
『また来年同じ日が来るよ。
それはまったく一緒じゃないけど、それはキミの為に来るんだ』

彼女は何かをうしなっていて、僕もうしなっていて、でも違うかたちだけど、同じみたいなフリをして雨と雷鳴と荒波の音が僕達を補うんだと思った。

彼女が『うん』って言って、僕の腕に顔を埋めた。
つめたい雨とあつい水と横顔に張り付いたザラザラした砂粒を感じた。
『それって溶けてしまわないことね。もうこわくならないことね』
『そうだよ』
僕はそう言って、喉が熱くなったけど、頑張って飲み込んだ。
それはもう次の道が示されてることなんだ。

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