ぱらだいす ぱらだ
「ぞうのハイヤー」

 オフ会に先駆けて、主催者からこんなメールが来た。

「 迷子になったら、携帯に電話を入れてください。
   ぞうのハイヤーでも差し向けますので。
   ぱぉ〜ん。
                    ぱらだいす より」

 オフ会の会場は少し分かりずらいところにあるのだという。案内には地図が添付されていたが、道に迷う人も出てくるだろうという配慮からのものだったようだ。
 当日、私は添付されていた地図を片手に会場へ急いだ。
ぞうのハイヤーかぁ、一体、どんなハイヤーなんだろう。すごく興味があるなぁ。乗ってみたいなぁ。いっそのこと、わざと迷子になってしまおうかなぁ、何ぞといらぬことを考えていたら、本当に迷子になってしまった。これはもう、ぞうのハイヤーを呼ぶしかない!私はすかさず主催者の携帯に電話をかけた。
「はい、ぱらだいすです」
「あ、あたしです。●●●です」
「あ、●●●さん、どうしました?」
「ごめんなさい、道に迷ってしまいました」
「了解です。今、どの辺にいるか?目印になる建物がありますか?」
「近くにビックカメラがあります。それと、川があります」
「了解です。大体分かりました。それでは、●●●さんの特徴となる服装とかバックだとかを教えてください」
私は自分の身長や服装、持っているバックなど事細かに説明した。
「了解です。それではぞうのハイヤーを向わせます。待っていてください。ぱぉ〜ん」
「待ってまぁ〜す。ぱぉ〜ん♡」
私は浮かれて答えた。そう浮かれていたのだ。
 私は携帯を切って、ぞうのハイヤーを待った。街は忘年会シーズンのため人混みでごった返している。
 もう、オフ会始まっているのかなぁ。早く、行きたいなぁ。どんな人たちが来ているのかなぁ。それに、ぱらだいすさんってどんな人なんだろう。鼻から手がはえていたりして、ふふふ。それにしても、早く来てくれないかなぁ、ぞうのハイヤー。わくわくするなぁ、なんぞと考えていたら、妙に骨ばった、痩せぎすなおやじがこっちに向って歩いて来るのが目に入ってきた。見るからにどうにも頼りがなく、この北風に煽られて今にも飛んでいってしまいそうだ。そいつはつかつかと真っ直ぐ私の前まで来ると、言った。
「ぞうのハイヤーを呼んだのはあんたか?」
「あっ、はいっ、私ですぅ」
そう答えると、おやじはいきなり、私の前で腰を屈めた。
「乗れよ」
「は?」
「乗れって、言ってんだよ」
「乗れって、どこにハイヤー、あるんですか?」
「ここだよ」
「は?」
「俺がそのハイヤーなんだよ、早く乗れよ」
「はぁ・・・。でも、ほら、ぞうのハイヤーだって言ってたじゃないですか」
「何?」
「だから、ぞう!」
「ぞう?ああ、ぞうね。ぞうなら、俺に付いてんだ」
「は?」
「だから、ぞうだろ。俺についているんだって、秘密の場所にな」
「はぁ」
「なんなら、見てみるか?これがなぁ、なかなかすげぇんだ」
と言っておやじは得意げにズボンのベルトに手を掛け始めたので、私は慌てて叫んだ。
「けっ、結構です!」
「そぉかぁ。まぁ、無理にとは言わんが・・・」
「でも、ほら、メールには『ぱぉ〜ん』って書いてあったし、やっぱ、『ぱぉ〜ん』っていうぞうじゃないと・・・」
愚かにも私はこの時点でさえ、なおもまだ、「ぱぉ〜ん」と鳴くぞうのハイヤーに未練があったのだ。
「そういう要求は初めてだが・・・・」とおやじは言いつつも、
「ちょっと待ってろ、やってみるから」
とズボンの中に手を入れるとなにやらもぞもぞやり始めた。
「いっ、いいです!やっぱり、結構ですっ!」
こんな公衆の面前で、変なところから得体の知れない音なんか、出されてはたまらない。
「そうか?俺の芸の幅を広げるいい機会だと思ったんだが、残念だな」
と言いつつも、次の瞬間には「はうっ」と掛け声とともに気合を入れた。「ぱふっ、ぷすっ」と妙にしみったれた音がズボンの内側の、下腹部の辺りから聞こえてきた。
「ふぅ〜。『ぱぉ〜ん』とはいかなったが、どうして、なかなかたいしたもんだろ」
「だから、妙な音立てるな、つってだろうが!」
しかしおやじは意にも介さず、私の前で腰をかがめると、再び言った。
「これで気が済んだろ。さ、乗れよ」
私はそれでもそのおやじの背中に乗っかる気持ちにはなれなかった。
「早くしてくれないかなぁ、こっちも商売なんだから」
と急かされ、嫌々ながらも、その背に乗った。もうやけくそだった。しかし私が負ぶさるや否や、おやじはがっくりと膝をついてくずおれた。
「ううっ!重いっ!」
「しっ、失礼ねぇ!そんなに重くないわよ!」
「すっ、すまねぇ、ど、どいてくれないか、お、重たすぎる」
「だから、そんな重たくないって言ってんでしょっ!」
私はおやじの背中から急いで降りた。こんな人ごみの中でこれ以上「重たい」を繰り返されてはかなわない。
「もう、いいわよ。いいから、私を会場に連れてってよ。歩くから。」
しかしおやじは蹲ったままだ。
「ねぇ、早く立って、私をその場所まで案内してよ」
「すまねぇ、立てないんだ」
「なにぃ?」
「お姉さんがあんまり重いもんだから、腰が抜けちゃってさぁ。」
「うるせぇ!そんな重くない、つってんだろうが!人聞きの悪いっ!」
「申し訳ないが、俺を負ぶって行ってくれないか。そうしたら、その場所まで案内できるから」
おのれぇ、ぱらだいすめぇ、こんなわけのわからないおやじを送り込みやがって、会場で会ったら、絶対にぶっ飛ばす。私は怒りに燃えて、そのおやじを負ぶった。
「さぁ、早く、案内してよ、どっちに行けばいいの?」
「え〜とぉ・・・・。あれっ?」
「えっ、何よ?」
「何処だったっけかなぁ?」
「あぁ?」
「おっかしいなぁ。何処だったか、さっきの衝撃ですっかり忘れてしまった。ははははは。」
「てめぇは、一体何しに来やがったんだぁ!」
うおりぁ〜と私はおやじを背負い投げした。おやじはきれいに放物線を描いて飛んでいき、目の前のどぶ川に落ちた。そしてネオンが映る川面にはきれいな波紋が幾重にも広がっていった。

 翌日、例の主催者からメールが来た。

「       請求書

 オフ会会費(当日キャンセルのため)・・・・・・・3000円
 クレーン使用料(ぞうのハイヤー引き上げ)・・・50000円
 ぞうのハイヤー修理費・・・・・・・・・・・・・30000円
 合計・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・83000円

  郵便書留か、小為替でお送りください。
                 ぱらだいすより」

「おんどりゃぁ〜!」

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